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週末のこととか (写真だけ)

On saturday



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On sunday



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photo by t.ogawa




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photo by t.ogawa



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photo by t.ogawa







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photo by t.ogawa





山も良いけど、今は海に可能性を感じた週末。
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by rkyy | 2008-10-28 01:20 | daI bY dAy...
晴れか霧か

歩いていて,目の前の景色に目をやると、まるでそれがそのまま自分の精神状態と呼応しているかのような情景に出会う事は少なく無い。いやむしろそんな時が大抵であるように思えてならない。

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見たく無いものは見てないし、見たいものは見ている。

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何故その景色に立ち止まったか?



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向こうから景色がやってくるのでなく、自分自身のフィルターを通して必要な時に必要なだけ景色は生まれる。
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by rkyy | 2008-10-26 00:10 | thE pHoTo...
一人の旅立ち


早朝、バディが初めての海外一人旅に出た。

今まで常に自分が外へ旅立つという「送られる」立場にあったという事をはっきりと実感し、逆に「送る」立場にたつというのは、こんなにぼんやりとした気持ちになってしまうのかと自分自身の旅立ちの過去と重ね合わせ、今の立場というものを別れ際に気の効く台詞でも思ってみたけど、一切何も思いつかず、僕はホームでただ黙ってバディを乗せた京浜東北線のブルーのラインをみつめ、そのまま家に帰り布団に包まり、1時間半ばかり寝て、相変わらず目覚めの悪い中、起床し、会社へと出勤した。


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会社で今日は撮影は無かったため、多くの人と出会いそのたびに過去から未来から、会話しっぱなしの一日だった。

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by rkyy | 2008-10-23 23:52 | daI bY dAy...
勝負

秋晴れの土曜日。東京競馬場へ向かう。

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賭けることが目的でなく、儲けることが目的でなく、ただ見るため。要は見たものを得るため。そしてその延長上に遊ぶことに繋がり、それが「勝負」に勝つことだけが常に目的となるとは限らない。そしてその「勝負」でさえも人により様々な捉え方が可能である。僕にとっての「勝負」=「写真」であるから結果として、見たもの全てが「勝負」になる可能性があり、寝ている時以外全て「勝負」の時間と言えるかもしれない。

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とてつもなく巨大なスタンドの一部分で、見渡せば、関係者、観客と様々な人間が大なり小なり「夢」というものをたった一頭の馬と一人の騎手と手に握った新聞紙とオッズを見比べながら、あーでもないこーでもないと議論している。
皆が皆という訳でもないが殆どの人は目は輝いているように見える。

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あるレース中、第2コーナーで怪我をしレースを中止した馬が遠く見えた。
それが見えたとき僕はそのレースの行方には集中できず、その馬を遠く黙って見ていた。うまく歩くことが出来ずとても苦しんでいるように見えた。
そして何事も無かったかのようにそのままレースは続き、「勝負」に一喜一憂する人々。


家に帰りそのレースを調べた。
残念ながらその馬は予後不良との判断で、安楽死処分されてしまった。



とても悲しい事では有るが、競走馬にとっての「勝負」という意味では仕方の無いことと言い聞かせ僕は眠りについた。
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by rkyy | 2008-10-22 02:30 | daI bY dAy...
基準点

不景気だと嘆く人をたまに見かけるが、もう少し幅を広げて俯瞰して物事を見てみると良いかもしれない。
今日、世界人口の20%は飲み水に事欠き、40%は衛生設備を持たない。40%は電気を持たず、8億人は栄養失調。そして世界人口の半分は一日2ドル以下で生活しているという。



そしてその目の前の「不景気」の視点の基準を変えて、その人たちから見たフィルターを通し、自分の姿を想像してみると良い。





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台風が通った後の朝、海岸で@伊豆





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台風が通った後の朝、海岸で@新島




人々の姿は美しい。
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by rkyy | 2008-10-15 23:45 | daI bY dAy...
day Trip


日曜、予定通り新木場の植物園に出向く。
途中の大きな広場では幼稚園の運動会が催されていてしばし観察。芝生で思いっきり遊ぶ園児、何でも無いものをいつの間にか遊び道具に変えてしまう逞しさに生活のヒントを得る。彼らは使えるものは基本的に誰かが止めるまでは何でも使ってしまう。決して捨てることはしない。その使い方にどの子も本当に均等に頭のいい子たちであるなと思った。そこを生かすも殺すも結局は親であり教育者であり、周りの人間たちの「教え方」に有ると思う。

おそらく、ほんの生まれた時点では人は平等であり可能性は平等にあるのかもしれないと思った。




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植物園。

最近惹かれるものが多々有り、じっくり植物を見るのが趣味の一部分になりつつ有る。
僕は植物の「花」を見るより、その全体像を見ているのが好きだ。花とそれを支える茎と葉っぱと僕の目には映らない根っこの部分を想像する。
それはそのまま結婚式の撮影にもライヴの撮影にもブツの撮影にも繋がってくる。
例えば結婚式の二人が輝いているという表舞台のその「裏」を支える周りの家族、親戚、友人、会場のスタッフなど。ライヴの表舞台に出ているアーティストとその裏で支えている数多くの人々。そういったある決まった一括りの全体像としての「LOOP」の中でたまたま僕が掴みとった目の前に対象となる「人」というものがいつの間にか現れ、その「人」というものを撮影するということによって僕が捉えていく。そうしたことによって見えてくるその人の本質的な存在。

それが撮影の対象として、花であったり人であったりモノであったり様々だ。

そして、僕自身も、その姿を自由自在に姿を変えることが出来る。そのモノに対して一番害のない存在として。水であったり風であったり光であったり猫であったり。


たったそれだけだ。


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月曜。
渚に行く予定だったが、諸々の事情で代々木公園に散歩に行く。


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基本的に何も変わっていない。面白いと思った方向に進むということだけは。
ただ昔と決定的に違うのは自分自身が面白いと思うことが最善策ではなく、共に行く相手が面白いと感じてくれそうな方向に進むのが最善策なのであろう。



人が楽しんでいるのを見るのが愉しい。そこを少し、くすぐっていくのが。



すくなくとも今はそういう気持ちで居る方が楽だ。
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by rkyy | 2008-10-15 01:01 | daI bY dAy...
週末の事とか


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金曜、いい光が回っていた。









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土曜、新木場の植物園に行く予定が植物園は来週行くことに変更して、銀座から秋葉原までを歩く。




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街中に突如現れた、名前も目的も何も書いていないその落ちていた巨大な大理石を持ち帰ってネットオークションにて売り捌きし一稼ぎしてやろうかと頭の中は夢を思ったが、部屋に入りきれないくらい大きいことを現実的に考え、それに気付き僕は持ち帰るのをあきらめた。


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この日、沢山のありとあらゆる表現を持った牛を街の至る所で見てきたが僕はこの牛こそが僕の求めていた牛だと理解し、そっと跪きシャッターを正確に押した。






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神田の街の裏路地に住む老婆は言った「本当は私猫なんか大嫌いなのよ」
そして笑顔で餌を与えた。「この餌、とても高いのよ」
僕は人は時として、自分の思っている事と真逆のことを言ってしまうことが意外とよく有る事を知っていて、この老婆がとても可愛く愛しく思えた。



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日曜、渋谷で昼に撮影し、夜、神宮球場にナイターを見に行く。

撮影は喜んで楽しんでくれるのが何より一番。
良い笑顔を見た時には自然とこちらも笑顔になっている。
他人は自分自身の鏡である。もちろん例外も稀に有ることを忘れてはいけない。




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結果とはほんの数ミリの誤差に生ずる。
ここまで来た選手にぱっと実力的には大差はないと思う。
それを分けるのは判断力とか精神力とか。
そして、 勝負 に勝ってやろうという大きな意思表示か。
ほんの数ミリの違いで歴史は大きく変わっていく。

一つ一つの勝負が名勝負であったが




木田対桧山の対戦 で 桧山のあわや今シーズン第1号かという打球があがった時のスタンドの歓声が一番心に残った。結果はスタンドまで後1メートルのライトフライ。白球が上がった瞬間の人々の夢の気持ちに涙した。打球が上がっている3秒間が果てしなく長い時間に感じられた。




そしてその数ミリのバットコントロールとピッチングコントロールと風とボールの質感、キャッチーのサイン、ピッチングの間合い、バッターゲージコンデション、雨、歓声、前日の睡眠時間、これまでの素振りの回数、昼食、親、兄弟、ありとあらゆる要素のほんの数ミリの違いがその後の人生に影響していく。

それは桧山だけではなく、木田もキャッチーも監督も選手もファンもニュースもネットもテレビも僕も、そしてこれを読んだあなたも。



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あなたと出会っていなければ僕はここには居ない。
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by rkyy | 2008-10-08 00:35 | thE pHoTo...
しろくま


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08' 9/13 ueno ZOO


動物園に居る白熊は常、落ち着かないようにみえる。
ただ日が昇り、落ちるという時が経つ経過を1っ歩1っ歩動くことによって時をカウントしているように見える。
日本での1日は1日24時間の流れ、北極で1日の流れは1年の流れ365日という時の流れのゲームの中で。
その行為は僕にはシロクマ自らの手で時を進めているようにみえる。
彼らが動けば彼らの時は進み、彼らが動かなくなったときは即ち冬眠、僕らにとっての夜がくるときである。
だから夜は動かないのである。黙って暖かくなる時、彼らにとっての春、僕らにとっての朝が来るのを待つ時である。
その然るべき時、僕らにとっての朝が来る、彼らにとっての春が来るまで彼らは動かない。
それは自然の流れなのである。

だから彼らは昼間に動き続けるのかもしれない。


狭い檻の中で人の手により飼育された彼らのことを悲しいと思う気持ち。
狭い檻の中では有るが黙って動いていれば食料を与えてもらえるんだなという幸せな気持ち。
広い自然の中でそこで待ち受けるであろう厳しい環境を思う悲しい気持ち。
広い世界で気持ち良さそうに水を浴び鳥や水や氷で遊んでいそうな幸せそうな気持ち。



その対局的な2つがぶつかり、問題はすぐに解決する。





この世は天国である。






日本では1日の流れは24時間。
北極では1日の流れは365日。



世界の歴史の中で誰かが決めた「時間」と言う概念そのものをまず疑ってみることにより得られること。
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by rkyy | 2008-10-05 02:25 | daI bY dAy...
古き良きもの


今、新しいと言われているものが10年後も新しいとは限らない。
今、古いと言われているものが10年後も古いとは限らない。
今、ここにある、フィルムカメラが10年後には新しいと言われるかもしれない。
今、ここにある、最新式デジタルカメラが10年後には古い時代の遺産になるかもしれない。

今、悲しいと思った気持ちが10年後、ありがとうという気持ちになるかもしれない。
今、嬉しいと思った気持ちが10年後、寂しいという気持ちになるかもしれない。



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人類を大きく分類すると、人見知りか人見知りでないか、雑か雑でないかという、たった二つのそれだけで、人生の8割位は決定するような気がする。ま、8割位という表現をした僕も雑な部類の人類だけれども。
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by rkyy | 2008-10-02 01:46 | daI bY dAy...


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